認知症について

認知症について

いなば院長からの医療コラムです。(2015年7月27日)

1.「認知症の基礎知識」について

認知症について

(1)認知症の種類は?
認知症のほとんどを占めるのがアルツハイマー型50%、レビー小体型20%、血管性15%の三大認知症が全体の85%を占めます。その他の認知症の中には、脳脊髄液が脳を圧迫して起こる正常圧水頭症や、頭部打撲の後に血腫が溜まり脳を圧迫して起こる慢性硬膜下血腫さらには甲状腺機能低下症などによる認知症もあります。これらは、的確な診断と治療で治る認知症です。特にここでは注目されているアルツハイマー型とレビー小体型の二大認知症について述べます。


(2)認知症の症状は?
「認知機能障害」と「BPSD(行動・心理症状)」に分かれます。 「認知機能障害」は、新しく経験した記憶が障害されます。食事した事、買い物した事、電話を受けた事を忘れる。物の置き忘れ、しまい忘れ等が目立つ。さらには、月日、曜日、時間を忘れる。人や物の名前が出ない。さらには、場所が分からない。等の症状が進行します。「BPSD」は、これら認知機能障害が元となり、経過中に「易怒性(怒り易い)」「うつ状態」「徘徊」「妄想」「幻視」「無為・無関心」「興奮」「暴力」などの行動異常や心理障害が現れる事を言います。これら「BPSD」は、特にレビー小体型では、認知機能障害に先立って現れる事が多く、またパーキンソン症状、レム睡眠行動障害(寝ている間に、大声や怒鳴る、暴れる等)、自律神経障害(低血圧、頻尿、発汗、便秘等)、失神発作等が特徴です。うつ病やパーキンソン病と診断された後に、徐々に認知機能障害が進行される方の中には、レビー小体型が疑われる例もあり ます。


(3)早期診断・早期治療の重要性は?
認知症の治療の基本は、早期発見・早期診断・早期治療の三つの早期です。(私は、認知症の三大早期と呼んでいます。)治る認知症もあると先に述べましたが、特に二大認知症は、脳神経細胞が経過と共に変性・脱落・壊死していきます。一度、壊死した脳細胞は回復しません。進行した認知症は、治療効果が乏しく、またご家族や介護者のご負担も多大となります。早期に発見して、気づきから早期診断へ、そして早期治療へと流れが出来れば、認知症になっても「その方らしい、普通の生活」ができます。現在では、認知症の治療薬も進歩を遂げ、認知症の進行を抑える4種類の治療薬が投与できるようになりました。認知症は決して「悲観的な病」ではなく、糖尿病や高血圧症と同様に、年齢とともに進行する一般的な「脳の変性疾患」なのです。特に大切な事は、治療薬投与だけでなく、ご家族・介護者の皆様の介護力が進行予防には大切です。薬物療法等の医療が50%、介護・福祉等のサポート力が50%と考えております。つまり、医療と介護が車の両輪を担うと言っても過言ではありません。


(4)早期診断・早期治療により自立した生活を送っておられる方の例
もの忘れ予防健診を当院でお受けになった71歳女性方のです。 少々のもの忘れを息子さんから指摘されて受診されました。その結果は「認知症の疑いあり」との健診結果でしたので、脳血流シンチ(SPECT検査)、MRI検査等、精査を受けました。その結果、「アルツハイマー型認知症」との診断でした。ご本人と息子さんに検査結果をご一緒に外来にて、御説明した際に、「歌の名前が出ない」「携帯電話が使えない」「息子さんのマンションのオートロック番号が分からない」などの諸症状がある事が初めて分かりました。その後、認知症治療薬投与を開始し6か月程経った現在では、「携帯電話が元通りに使える」「うれしい!もっと早く相談していればよかった」又、「この健診をもっと多くの方が受けられるようにしてあげてください」とのご本人からのご要望も頂きました。認知症は特にその方の人格尊厳や、生き方に直接関わるため、主治医・ご本人・ご家族の3者の「信頼関係の構築」が大切です。 葛飾区では区行政と医師会さらには高齢者総合相談センターが協力して、平成27年度より、「認知症早期発見・早期診断推進事業」の一関として「もの忘れ予防健診事業」が全国に先駆けて実施されました。また、「もの忘れ相談会」も各高齢者総合相談センターにて定例的に開催されます。
認知症は、医療、介護、福祉が相互に連携し合って初めて「認知症の方が安心して生活できる町づくり」がなされるのです。

2.「認知症介護のポント」について *一般的な介護ポイントを述べます。

(1)認知症患者への対応の基本
第一原則は、「その方らしさを大切にする、その方を尊厳したケア」です。いわゆる「パーソン・センタードケア」(その方を中心としたケア)です。 フランスのイヴ・ジネスト氏が提唱された「ユマニ・チュード(Humanitude)」は、 認知症患者に「人間らしく接して、BPSDをやわらげる」事で、下記の4項目です。

①見つめる ②話しかける ③触れる ④寝たきりにしない

私の外来では、必ず認知症患者の目を見て、話しかけ、手や背中に触れながら診療を心がけています。楽しい雰囲気、楽しい会話のできる環境造りを心がけています。医師だけでなく家族や介護者の皆様にも介護環境の改善に役立つポントです。良い医療環境や良い介護環境によってBPSDは予防できると言われています。


(2)「否定しないこと、傾聴すること」
何度も同じ質問や行動を繰り返しますが、すぐに忘れるためです。本人にとっては「初めて聞くこと」です。同じことを言われても、穏やかに、初めてのつもりで話を合わせましょう。レビー小体型では、幻視、幻聴、見間違い、妄想等のBPSDが前面に現れる事が大半です。これらについても、「錯覚だ」「何も見えない」と否定せずに、部屋を明るくしたり、ご本人と実際に近づいたり、触れたりするのも一策です。「悪さはしないから大丈夫」という理解と安心感を与える事が大切です。また、見間違いは、見間違いとなる対象物をなるべく排除する等、室内環境を整えることが大切です。また、妄想は、ご本人の思い込みが強いため周囲の言葉で納得させるのは困難です。イライラや怒りや興奮を伴うため、言葉でなく「優しく手を握る」「軽く背中を触る・トントンしてあげる」等、安心感を与えるようにします。また、家族や介護者が妄想の対象となった場合は、無理に関与せず、少し距離をとることで妄想が軽くなる事もあります。特にBPSDの70%が非薬物療法での初期対応が可能であり、その良し悪しがその後の経過を左右します。「決して、あわてず。病態を正しく理解・認識されて、落ち着いて対応」する事が大切です。そして、早めにかかりつけ医にご相談を御願い致します。


(3)その他の介護ポント
転倒防止対策:(特にレビー小体型では、パーキンソン症状を伴う事があり転倒予防が大切です。
① 椅子からの立ち上がりや階段・廊下では、手すりを使う。
② つまずきやすいものは片付け、段差をなくす等、家の中を整えることが必要です。

嚥下障害対策:認知症が進行すると、物の飲み込む機能が低下して、唾液・食事が 機関に入る誤嚥が起こりやすくなります。誤嚥性肺炎も引き起こしかねない状況が起こります。
① 食事の時は、前かがみの姿勢をとり、家族が見守る。
② 刻み食やトロミをつける等、調理にも工夫を。

規則正しい生活習慣:意欲の低下、不眠等は「昼夜逆転」の原因になります。これら 不規則な生活習慣は、認知機能をさらに低下させてしまいます。 日課表・週間体制表などを作成して無理のない物から徐々に活動を増やしましょう。
① 本人が無理せずに楽しめる事から先ず始める。
② いろいろな誘い方をしたり、誘う人を替えてみる。
③ デイケア・サービス等をうまく利用する。
④ リハビリテーションを組み込む。
参考:横浜市立大学名誉教授 小阪 憲司(レビー小体型認知症家族を支える会)

3. 「徘徊する人に出会ったら?」 -街中で認知症徘徊者を見かけた時の対応

① 驚かせないように正面から目を合わせて挨拶する。
② 行き先や歩く目的をそれとなく聞く。
③ 一緒に歩きながら立ち止まらせる工夫を。
④ 身に着けているものに名前や連絡先が記されていないか気をつける。
(岡山県和気町徘徊捜索訓練:資料参考)岡山大学 神経内科教授 阿部 康二

あとがき

最後に「認知症ケアの心」について、象徴的な物語をご紹介します。 「足もとのおぼつかない幼い子(1歳半くらい)が公園を歩いていました。ところが何かのはずみで転んで泣き出しました。するとそこに4歳くらいの女の子が駆け寄ってきました。助け起こすのかなと思ったら、女の子は倒れている小さい子の傍らで自分も腹這いになり、幼い子を見てにっこり笑いかけました。泣いていた子もつられて泣きやみ、にっこりしました。
女の子は「起きようね」と言うと小さい子も「うん」と言って一緒に立ち上がり、手をつないで歩いて行きました。」 女の子は、まず駆け寄ります。そして上から引き起こすのではなく、一緒に立ち上がろうとする優しさを表現しています。自ら起き上がる力とその可能性を信じ、それを果たした喜びを共に味わう事、ケアをする人の心の本質がここにあります。
これは、「認知症のケア」(長谷川和夫著・永井書店)にある一節です。
認知症と正面から向かい合い、専門医も非専門医の先生方も、また家族も介護者も共々に認知症患者と苦楽を共にしていくことが、認知症ケアの心ではないでしょうか。

 

いなば内科クリニック医院長  稲葉 敏(認知症サポート医)

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