「甲状腺」は喉仏(甲状軟骨)の下部に位置し、チョウが羽を広げたような形をしている器官で、「甲状腺ホルモン」を分泌しています。この甲状腺ホルモンには、代謝を活発にしたり、熱を産生したり、発育を促進したりなど、私たちの体の働きを正常に保つ上で、大切な役割があります。
このホルモンの分泌量の調節をしているのが「下垂体」です。甲状腺ホルモンが不足すると、脳の下垂体が「甲状腺刺激ホルモン(TSH)」を分泌、足りていればTSHの分泌を止め、適正な量をコントロールしているのです。
甲状腺の病気には、その形や働きによって、さまざまなものがあります。
甲状腺に腫れやしこりがあれば「甲状腺腫」といい、「腺腫様甲状腺腫」「甲状腺癌」などがあります。
また、機能が高まり(亢進し)、甲状腺ホルモンの分泌が過剰になると「甲状腺機能亢進症(甲状腺中毒症)」といい、「バセドー病」「プランマー病」などがよく知られています。反対に甲状腺が働かなくなり、分泌が不足すれば「甲状腺機能低下症」といい、「橋本病」が代表的です。バセドウ病と橋本病は、自己免疫疾患の一つです。以下、主な疾患について解説します。
甲状腺機能亢進症(バセドー病)
「バセドー病」は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌する状態が続いてしまう疾患です。頻脈(動悸)や発汗過多、手指や足の震え、微熱や下痢、食欲亢進、体重減少など基礎代謝が亢進しているので食べても体重が減ります。また、精神的にも不安定になりイライラしたり集中力が低下したりします。
また、この病気に特徴的なのが「バセドー眼症」と呼ばれる眼の症状が出ることがあり、眼球の突出が代表的なものです。
症状を的確に訴えることができない小児では、落ち着きのなさや体重増加、あるいは成績の低下などとして現れることがあります。また、高齢者の場合は症状に乏しく、心不全など重症化して分かることも多いです。
診断では、問診などのほか血液検査で、甲状腺ホルモンの値が高いかどうか、TSHの値が低いかどうかなどを調べます。また同様に、抗TSH受容体抗体が陽性であるかどうかもバセドー病の診断に有効です。加えて、専門の医療施設などでは、アイソトープ検査といって、放射性ヨウ素を用いた検査を行うこともあります。
一般的に治療では、抗甲状腺剤による薬物療法が行われ、「チアマゾール」1日1回3錠(15mg)を服用することが多いです。じんましんや肝機能障害、白血球減少などの副作用が強い場合、あるいは妊娠・授乳期などには「プロピルチオウラシル」を使用します。
薬物療法中は、効果が現れているかどうか、定期的に検査をし、医師の指示に従って徐々に量を減らしていきますが、1年半程度は服薬を続ける必要があります。正常値を保つことができるようになれば服薬を中止しますが、こうした状態になるのは、3割程度といわれています。
また、バセドー病の治療の際に忘れてはならないのが、無痛性甲状腺炎などの「破壊性甲状腺炎」の存在です。この場合、甲状腺は機能していないのに血中の甲状腺ホルモン濃度が高い状態となりますので、「抗甲状腺剤」には効果がありません。
バセドー病に対し、長期間継続しても薬物治療を中止できない場合、あるいは副作用で薬剤が使えない場合はアイソトープ治療を行います。これはヨウ素が甲状腺に集まる性質を利用したものです。放射性ヨウ素の入ったカプセルをのみ、放射線で甲状腺の細胞を破壊するのです。通院治療で行うことができ、傷なども残りません。ですが、放射性物質を使用するので、妊娠・授乳期には行うことができません。また治療前後に摂取するヨウ素量の制限も必要です。この治療は、甲状腺専門医療機関での治療が必要です。
あるいは、甲状腺腫が大きい場合や重度のバセドー眼症を合併している場合などでは、手術によって甲状腺を取り除く治療を行うこともあります。これらの治療の効果はとても高いのですが、治療によって甲状腺機能は低下しますので、甲状腺ホルモンの補充が必要になります。
甲状腺機能低下症(橋本病)
甲状腺自体の働きが悪くなる疾患の代表が「橋本病」です。甲状腺に慢性的な炎症が続き、甲状腺ホルモンの分泌量が減るので、疲労を感じやすく、無気力で動作が緩慢になります。また、むくみや寒がり、あるいは体重増加、便秘、記憶力や認知機能の低下、しわがれ声などが症状として現れます。脈拍数が減り、心拡大や筋力の低下、皮膚の乾燥や脱毛、低体温などの所見があります。ですが、多くの患者で明らかな機能低下の症状が見られないことが多いのも特徴です。
この病気は1912年に、現在の九州大学の橋本策博士が報告した疾患です。遺伝的な要因に加え、何らかの環境因子が加わることで、免疫制御機構が障害されて発症する自己免疫疾患の一つではないかと考えられています。発症頻度は非常に高く、特に圧倒的に女性に多いです。また、加齢とともに患者数は増えていきます。
甲状腺に炎症が起きるので、首が腫れてきますが、通常、痛みはありません。痛みや発熱を伴う場合、亜急性甲状腺炎や橋本病の急性増悪の可能性がありますので、早めに医療機関を受診してください。
診断は、甲状腺ホルモン量や抗サイクログロブリン抗体、抗甲状腺ペルオキシターゼ抗体などを調べる血液検査や超音波検査などを行いますが、症状がなければ経過観察とし、治療を行わないこともあります。
なお、橋本病以外の甲状腺機能低下症としては、日本では、海藻類などに含まれているヨウ素を過剰摂取していることから、「ヨウ素誘発性甲状腺機能低下症」になる場合があります。さらには、頻度としては少ないですが生まれつき甲状腺の機能が低い「先天性甲状腺機能低下症」があります。
甲状腺機能低下症の治療は不足している甲状腺ホルモンを薬剤で補うものになります。主に使用されるのが、「レボチロキシンナトリウム錠(チラーヂンS)」です。少量から開始し、少しずつ増やし、適切な量を補うようにします。服薬の際は、吸収を阻害する鉄剤やカルシウム製剤、あるいは大豆類やカフェインなどの薬剤や食品を避け、4時間以上は空けるようにします。起床時や就寝前に内服するとデータが向上するとの結果もあります。
その他の疾患
これまで述べた疾患以外にも、甲状腺にしこりができる「腺腫様甲状腺腫」など、さまざまな病気があります。バセドー病や橋本病でみられる腫れは、びまん性といって全体的に腫れて大きくなるもので、しこりとは異なります。
甲状腺にできるこうした腫瘍は、大半が良性です。甲状腺機能が損なわれることもまれです。超音波検査や細胞診を行いますが、良性の場合は基本的に経過観察となります。甲状腺機能に異常があると、生活のリズムが乱れがちです。また、症状が千差万別ですので、他の疾患や体調の変化と勘違いしてしまうこともあります。
仮に甲状腺疾患であったとしても、妊娠・出産も可能ですし、遺伝だけで発症する病気でもありません。長期間の治療が必要な場合も多いですが、きちんと正しい治療をすれば、甲状腺機能は安定します。決して珍しい病気ではありませんので、気になる症状があれば、一度、当院を含めて甲状腺専門医療機関の診察を受けてみてください。尚、当院では、予約制にて、甲状腺エコー検査を実施しております。また、伊藤病院、金地病院、科研病院等、甲状腺専門病院と連携しております。